2021年3月6日 YCCサロン_東日本大震災から10年特別企画

活動実績

2021年3月6日 YCCサロン_東日本大震災から10年特別企画

こんにちは!
学生応援村広報部の早稲田大学2年 新井優奈です。

3月6日(土)に代々木八幡コミュニティセンターにて、YCCサロン_東日本大震災から10年特別企画 「震災からの、これから。”人として生きる”を考える」の講演会が行われました。
学生応援村のメンバーは、同日開催されていた企画展の学生ボランティアとして参加し、講演会にも出席させていただきました。

菓子駄みくさんの作品展

はじめに、学生ボランティアとして菓子駄みくさんの作品展の案内係や受付係を担当しました。
菓子駄みくさんは、東日本大震災での被災体験や心の病などを抱えながらも創作活動を続けられている方です。絵の一つ一つに様々な思いが込められていて、見る人の心に語り掛けてくる作品展だと感じました。

当日ボランティアに参加していた学生応援村メンバーの小林さんの感想です。

菓子駄さんは小学生の時に東日本大震災の経験しました。幼い頃から絵を描くのが好きで、被災後も画材を支援してもらい、絵を描き続けたそうです。菓子駄さんの作品は緻密で繊細な物ですが、震災という過酷な出来事を乗り越えて描かれた物なので、同時に力強さも感じられました。

「震災からの、これから。“人として生きる”を考える」講演会

次に、渋谷区在住の宗信寺住職であり、代々木随縁会会長でもある岡貞潤様の、「震災からの、これから。“人として生きる”を考える」講演会に参加しました。岡会長は震災直後、お寺のつながりで宮城県女川町へ赴いてボランティア活動をした方でもあります。講演会では、岡会長の女川での体験を聞かせていただきました。

当日出席していた学生応援村メンバーの小林さんの感想です。

今回参加した講演会の内容は、「被災してない者」から見た東日本大震災の体験談です。同じく「被災してない者」である私にとって、この体験談はとても身近なものに感じられました。被災者の方から聞くお話とは一味違う形で、東日本大震災について知ることができました。

また、岡さんはボランティアをする際、被災者が何を求めているかを聞き、それに合った物を提供するように心掛けているそうです。私はこの姿勢に強い感銘を受けました。相手のニーズに合わせて適切な支援を行うという、「ボランティアの正しい在り方」を学ぶことができたと思います。

講演会レポート

講演会は被災地への黙とうの後、「皆さんは10年前の3月11日何をされていましたか?」という問いかけで始まった。そして、岡会長は被災直後の女川の写真を見せ、「女川は木端微塵だった、写真なんか撮っている場合じゃないって思ったんでしょうね。写真は1枚しか撮れなかった」と語った。

岡会長は震災まで女川という地名すら知らなかった。しかし、震災2日後に荒行の先輩から「宮城の鈴木先輩が被災した」と連絡を受け、女川に支援に行くと決めた。

被災地への物資をワゴン車2台分集めることができたが、「どうやって行くか?」という問題が岡会長たちに大きな壁として立ちはだかった。問題は2つあった。1つは、被災地への通行許可が取れなかったこと。もう1つは、ガソリンがなかったことだった。1つ目の問題は、宗教法人が作った震災支援団体として登録を行い、警視庁から通行手形を発行してもらうことで解決した。

しかし、ガソリンが手に入らなかった。一人当たりの購入量が制限される中、被災地を往復するためのガソリンはもちろんのこと、被災者にも届けるには大量のガソリンが必要だったのだ。そんな岡会長にガソリンを提供してくれたのは、寺の近くでガソリンスタンドを個人で経営する老夫婦であった。実はここで一度も給油したことがなかった岡会長が、被災地のためにガソリンを集めていると伝えたところ、『私たちは宮城出身なんだ、そういうことなら用意させてくれ』と夫婦は200L のガソリンを用意してくれた。

3月20日、被災地へ出発。岡会長たちは路面がひび割れ波打つ東北道を進み、被災地へ向かった。津波の被害を受けた町では、瓦礫の山が延々と続く風景が広がっていた。岡会長たちは本来なら1時間で行ける道のりを5時間かけて進み、避難所となっていた第一保育所に到着した。

そして、岡会長が鈴木先輩の寺に行ったところ、鉄パイプを抱える先輩から『今後ろを絶対に振り返るな。後ろに3人男がいるだろう? 10秒たったら、ゆっくり、振り返れ』と言われた。振り返ると、確かに駐車場で3人の男たちがこちらをうかがっていた。鈴木先輩によると、男たちは震災によって被災した工場で働いていた労働者からなる窃盗団であるとのことだった。彼らは倒壊した家や遺体から金品を盗んでいた。また、追いはぎも横行していた。しかし、これらはメディアで報道されることはなかった。

被災地で岡会長たちは、自宅で避難生活を送っている人々や支援の十分行き届いていないところで主に活動し、ガソリンをはじめとして被災地で必要とされていたものを配った。

支援物資を渡すときに、『うちは二人暮らしだから、1袋のカイロで十分。もっと必要としている人の所に持っていって』『この前貰った支援物資の中に、粉ミルクが入ってたんだよ。だけど、うちは老人宅だからね、本当に必要としている人にあげてくれ』など、人を思いやる気持ちにも出会った。岡会長は被災地で「人の両極端」を見た気がしたと話す。

岡会長は、被災地での支援は「常に松葉杖である」ことを目標としている。松葉杖は今歩けない人が使うが、その人は「松葉杖を使って」上手に歩けることを目標としているのではない。松葉杖なしで歩けるようになることである。つまり、支援なしで生活できる日常に戻ること・恩着せがましくないこと・忘れ去られてもいいというスタンスで臨むことこそが本当の支援活動である、と岡会長は言う。

また、岡会長たちは支援の際、「自分たちができること」を提供するのではなく、「求められるものを実現」してきた。炊き出しでは避難所で生活する450人からリクエストを募り、「その人たちが食べたいもの」を提供した。豚汁・カレーが1週間続くような避難生活の中、岡会長たちはリクエストに基づき天丼・そうめんなどを提供したのである。他にも、クリスマスイベントを開催。仮設住宅の住民1世帯ごとに調理学校の生徒たちが作ったケーキをプレゼントした。さらに、小学新1年生などの新しく入学を迎える子供たちに、入学お祝いを渡すイベントも7年継続して行った。

最後に岡会長は、仏教の説話を用いて「人として生きること」とは何か?を語った。

地獄の鬼のような行いをする人は地獄道の心となってしまっている。しかし、私たちは人として生まれたのだから最低限、人の心を持たなければならない。「人として生きること」とは、「思いやり」と「向上心」を持つことである。そして、それは「自分を活かすこと」である。災害時には思いやりと向上心を持ち、ぜひ行動を起こしてほしい。(仏教用語での六道輪廻の最下層のこと)

レポート作成:平塚

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